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上松輸送沿革

上松康男像製作者 北井博文氏略歴

▶創業-糞尿の農村還元に貢献

本社は昭和10年5月、初代丑松社長によって、埼玉県草加市吉町に上松運送店として設立、東京都の糞尿を、埼玉県東部地域の農村に還元していた。
この頃から日本と中国は盧横橋事件に端を発し、戦争状態に入り、戦線は拡大の一途を辿っていた。戦時体制に入った我が国は、多くの若者は戦線へ送られ物資は殆んど配給制となり、人員の確保と物資の入手が困難になり、昭和15年企業統制令の施行となった。

昭和16年4月 丑松社長は、上松運送店を統制令に従い、合同して埼玉厚生運輸有限会社を設立し、東京の糞尿を引続き農村へ輸送した。
忌まわしい戦争は、昭和20年8月15日に終わり、日本国民は虚脱状態に陥り、人々は一日の糧を求め手に入れる事が精一杯であった。
焦土と化した首都東京の復興のため、東京都は施策を打ち出し都民の協力を呼びかけた。これに呼応し、人々は漸く生気を取り戻した。清掃業界も故・宇田川棲氏を先頭に東京清掃協会を再建し、都の復興策に対応した。この時14社が会員となり、この中に埼玉厚生運輸有限会社も名を連ねた。
昭和22年10月 丑松社長は、埼玉厚生運輸有限会社を発展的に解消し、上松自動車運送株式会社を設立、従来の事業を継続した。事業の形態は、草加市の中継所に運ばれた東京の糞尿を、中継所から農家へ運搬することであった。
昭和26年5月 東陸自2貨2第613号により特定貸切貨物自動車運送事業の免許を習得
昭和26年6月 上松自動車運送株式会社を解散し、東京都港区芝2丁目9番10号に上松輸送株式会社を設立し、従来の事業を継承し、本格的に東京都のごみ・糞尿の運搬に取り組んだ。
昭和26年7月 清管収第195号により、東京都の汚物取扱の許可を受け、更に翌八月には東京都と、ごみ及び糞尿の運搬請負契約を結び事業を開始する。この時点で資本金を100万円とする。

▶社業-清掃事業と共に発展

昭和28年5月 株主総会で資本金を500万円とした。
昭和38年4月 63東陸自2貨2第356号の6により特定荷主の追加、東京都環境整備公社の荷主追加免許を受け、翌年五月に同公社とごみ運搬請負契約を結び事業を開始する。
昭和41年9月 66東陸自2貨2第1115号により東京都港区役所の荷主追加免許を受け、同区役所と運搬請負契約を結び事業を開始した。
昭和42年1月 41年清作槽収第379号により汚物種類追加申請承認、し尿浄化槽残渣物取扱の許可を受け事業を開始。
昭和43年12月 八弘産業株式会社を設立。不動産賃貸業を開始。
昭和47年8月 72東陸自2貨2第1907号の40により、一般区域(限定)貨物自動車運送事業を受け、翌9月に一般区域(限定)貨物自動車運送事業を開始。特定貨物自動車運送事業を廃止する。

▶康男氏二代目社長に就任

昭和37年4月 人生の師と仰ぎ、心底尊敬し多くを学んだ初代丑松社長の死去により、康男氏は二代目社長に就任した。
康男社長は、昭和8年1月12日、初代丑松社長の長男として生れ、都立八中(現都立小山台高等学校)を経て、昭和27年4月、早稲田大学第一商学部に入学。昭和33年3月卒業。(同期に前清掃局長、原 達人)同年4月上松輸送に入社、監査役に就任。昭和34年取締役、翌35年専務取締役として会社経営の重責を任され、先代社長の右腕として社内を取り仕切り、対外的には先代の代理として協会や清掃局をはじめ、各区役所等で手腕を認められ、社業伸展に実績をあげた。康男社長は、入社の瞬間から次期社長を自覚し、先代から会社運営の総てを学んだ。
東京環境保全協会、日本環境保全協会では常任理事として、業界の発展と会員の団結のため尽力された。
更に、康男社長は記憶を辿るようにオリンピック東京大会では、協和興業、中野運輸、東海輸送、淀橋清運と共に代々木会場のごみを毎日2~3回運搬、終始きれいな状態に保つことが出来たことは、誇りに思っている、と話された。
昭和59年10月 東京都より、東京都功労者を受賞。
昭和60年11月 厚生大臣表彰。
昭和61年6月 創立50周年を迎える。記念のメダルを制作。メダルの表は弊社のロゴマークと「50TH ANNIVERSARY」を、裏には「美(意:良い、立派、健康、美しい、豊か)」と「Contribute to the environment for better Living (意:住み良い生活環境に貢献する)」を表記。
昭和63年11月 社屋老朽化に伴い、旧社屋を取り壊し、新社屋完成を見た。
平成元年1月 株主総会で資本金を600万円と決議。
平成元年11月 本社完成に伴い不動産賃貸業を拡大。
平成5年3月 資本金を1,000万円に増資。

▶正氏 三代目社長に就任

平成5年10月

二代目社長康男氏の死去に伴い、正氏は三代目社長に就任した。正社長は昭和34年7月16日、二代目康男氏の長男として生れ、私立森村学園初等科をスタートに、昭和47年には同校中等科へ、昭和50年4月には同校高等科に進み、昭和53年3月森村学園高等科を経て、昭和53年4月、私立高千穂商科大学商学部に入学。昭和57年3月同大学商学部を卒業した。卒業と同時に二代目社長の意思でもある「他人の飯を食べる」為、イヌイ運送株式会社に入社、運送業のイロハから勉強した。
昭和60年5月当社の内部をより一層固める為にイヌイ運送を退社、同年6月上松輸送に入社し、一社員として第一歩を踏み出した。入社と同時に当社事業所(車庫)である草加市吉町の事務所に派遣され、上松輸送株式会社の事業内容の勉強に専念した。


昭和63年新社屋竣工と同時に、将来の社長業を身につける為、東京本社へと配置転換され、平成2年7月専務取締役に就任し、平成5年10月、二代目康男社長の突然の死去により代表取締役に就任した。この時期バブル崩壊による不景気の風で、当社社業である東京都清掃局が雇主である都内ゴミの収集運搬がゴミの減少による車の減車と言う形で進み始めた。それにより、会社の経営も毎年苦しくなる一方となって来た。その為、産業廃棄物の収集運搬の許可を受ける等、今後の経営方針の転換を積極的に押し進め、不動産の賃貸にも自らテナントの勧誘を行い全フロアを満室の状態としている。
今後益々の苦境、即ちゴミ収集の区移管等の我々がかつて経験したことの無い景気の減速を味わう事となる事が目に見えてきた為、以上の積極経営も慎重に押し進めて行く事を決定している。尚、系列会社八弘産業株式会社(現 駿匡産業株式会社)に於ても、地域福祉に貢献する為、関連マンションに高齢者の方々に居室を提供している事に対し、行政官庁の長である港区長より平成9年3月感謝状を戴く。これに先立って、昭和62年3月には、二代目社長康男氏が港区功労者表彰を受けている事も含めて、地域に対する様々の福祉努力には、今後も重大な決意を以って当る方針である。

▶東京都廃棄物処理緊急応援隊に参加

平成7年1月17日未明、神戸を中心とする阪神・淡路大震災が発生しました。
被災直後は、人命救助や避難所確保、生活上最低必要なライフラインの確保のための補助的作業に追われていた神戸市環境局の職員が、本来の「ごみ収集」作業に従事するようになったのは発生後4・5日経ってからということであります。人々の心がある程度落ちついて、被災建物の後片付けが始まると、街角には荒ごみ(不燃系ごみ)を中心に、”大量のごみの山”が形成されるようになり、地元職員は危機感をつのらせていました。この事態に東京都も1月30日から3月3日まで、実働で延べ25日の期間中、1日最大人員130人、同車輌46台、延べ人員2,465人の作業員を送り、同市の作業を応援しました。この時、東京都が派遣した「東京都廃棄物処理緊急応援隊」に上松輸送も第2次、第3次、第4次、第5次とごみ収集活動に参加しました。
初代丑松社長の「一、地域(町)の一員として最も役立ち親しまれる会社になれ。二、地域社会の福祉と町の繁栄のために誠意と情熱をもって奉仕せよ。」の言葉を心にとめ、応援隊に参加したことは、上松輸送にとっても良い体験となりました。

▶地球環境を地域から考える、ISOの取得

平成9年8月1日 東京都より産業廃棄物収集運搬業の許可を受ける。
平成10年5月 一般廃棄物収集運搬業の許可を受ける。
平成10年10月 財務省(旧大蔵省財務局)より たばこ小売販売の許可を受ける。
平成11年6月 東京都環境衛生事業協同組合に加入。
平成13年3月 東京23区家電リサイクル事業協同組合に加入。
平成13年12月 「ISO14001・環境マネジメントシステム」認証取得。
平成14年4月 草加吉町エコステーション開設。
平成15年12月 エコ・ステーションのキャノピーを増設。
平成15年12月 「安全性優良事業所」の認定を受ける。
平成16年1月 東京都環境衛生事業協同組合港区支部登記。
平成16年4月 特別管理産業廃棄物処理業の許可を受ける。
平成16年4月 足立支店開設。(足立資源環境事業協同組合に加入)
平成17年4月 社団法人東京環境保全協会理事に就任。
平成17年5月 東京都環境衛生事業協同組合理事に就任。
平成17年6月 創立70周年を迎える。
平成17年6月 八弘産業株式会社を駿匡産業株式会社へ社名変更
平成18年5月 エコライフフェアに参加。
平成20年3月 「個人情報保護マネジメントシステム」認証取得
平成21年3月 社団法人東京都信用金庫協会の優良企業表彰制度により優秀賞を受賞
平成21年5月 東京二十三区家電リサイクル事業協同組合理事に就任
平成22年6月 日本環境保全協会、関東運輸局東京運輸支局より功労賞を受賞
平成23年4月 社団法人東京環境保全協会常任理事に就任
さわやか信用金庫総代に就任
平成23年5月 東京都の東日本大震災の復旧支援活動に参加
平成23年4月18日から平成23年5月6日の間、清掃車両(パッカー車、ダンプ車等)延べ100台程度、収集作業員・運転手等、延べ300人程度の規模で、仙台市内で浸水被害にあった家財道具や生活ゴミ等の災害廃棄物を被災現場で収集し、仮置場まで運搬する作業に当社も第3次派遣隊として参加しました。
平成25年10月 東京都より、東京都環境功労者を受賞
平成26年3月 草加吉町エコステーション閉店
平成26年6月 環境大臣賞を受賞
平成26年11月 関東運輸局東京運輸支局より安全性優良事業所として表彰
平成27年5月 草加事業所 新社屋完成
>>草加事業所概要
平成27年6月 創立80周年を迎える。
平成29年6月 港区防衛親交会監事に就任
平成29年9月 社員福利厚生施設竣工、及び車庫内改修工事完了
平成30年6月 関東運輸局東京運輸支局より陸運関係功労者に対する運輸局長賞を受賞

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